推しがいると人生が楽しい

白鳥スタイルのキャラクター大好き人間

ただの1人の少年でした

私の推しの不祥事が発覚してからというもの、生きた心地がしなかった。
それほどまでに私と全く関係ない人間が私を侵食していたのかということ、私がどれだけ彼のことを好きなのかということを痛感していた。

東雲彰人が未成年喫煙飲酒をしたと週刊誌に載ったのを目にしたとき、視界が歪んだ。
そこに写っていた写真は、目に黒線が入ってこそいたが、誰がどうみても東雲彰人その人だった。
灰皿が置かれていて、テーブルの上には酒が並んでいて、ありえない光景が目の前に広がっているということが信じられなくて、頭がぐらぐらした。
東雲彰人は、こんなことをする人だったのか?

私にはもう、わからなかった。

東雲彰人のことを知ったのは、彼がまだBAD DOGSで活動していたころ。まだ中学生だというのにこんなパフォーマンスをするのかと、目を奪われた。
イベントごとにどんどん成長していって、彼が言葉にする「RAD WEEKENDを超える」という夢に、どんどん近づいていると思った。
彼らを知る人達で「そんな夢は叶うはずがない、無謀すぎる」「見るだけ無駄な夢」と言う人たちがいる。
だけどそんなことに聞く耳をもたず、冬弥くんと二人で、そして高校生になってからは杏ちゃんとこはねちゃんと四人で、遥か遠くの頂点へ向かって走っている東雲彰人が好きだった。

だというのに、飲酒に、喫煙。
ストリートがアイドルや俳優ほど素行についてとやかく言われるわけではないというのはわかるけど、彼はまだ未成年で、これはどう考えてもアウトだった。
信じたくない。これは彼を貶めるためのフェイクニュースだと思いたい。
そう思うのに、現実は目の前に写真という揺らがないものを叩きつけてくる。

喪に服したような14日間が経過し、結果として東雲彰人をすっぱ抜いた出版社がいろいろと違法なことをしていて、記事もほぼすべてがでたらめで、写真付きのものは脅迫して撮っていたということが明るみになった。
それは私にとって朗報でもあったが、それ以上に、彼の今後が怖かった。
東雲彰人は潔白だったと信じてくれる人がどれだけいるだろう。
信じない人は、必ずいる。
そんな状況で、東雲彰人は、Vivid BAD SQUADはこれからどう活動していくのだろうか。

 

そして、この騒動後初のイベントが、昨日行われた。
行きたくないという思いと、行かなければならないという思いがどちらもあった。
イベントに行って、東雲彰人が言葉の暴力に晒されるのではないかという不安があって、私はそれを見ていられる気がしなかった。

それでも、だからこそ行かなくては。ちゃんと彼を信じている人間がいるのだと、どうにかして伝えたい。
そう思い、重い脚を引きずりながらイベント会場へと向かった。
会場の入りは満員で、野次を飛ばしてやろうと息巻いているような人もいれば、私のように肩を震わせている人もいた。それと、話題になっているからと興味本位で訪れているような人もいた。
イベントが始まるまでの時間は、緊張しすぎて何があったか何も覚えていない。どうなるんだろう、大丈夫かな、もしも彼らがひどい目に遭うことになってしまったらどうしよう。そんなことをずっと考えていた。


時間になり、音楽が鳴りだして、Vivid BAD SQUADのライブが始まった。

言葉が出なかった。

それは、1曲目だけでわかるほど、魂を振り絞ったパフォーマンスだった。
野次を飛ばそうと息巻いていた人たちさえ、飲み込むほどの。
言葉を失うとはこういうことをいうのかと、そのとき私は思った。
彼らの決意が、彼らの夢にかける思いが、負けてたまるかという執念がこれでもかというほどに詰め込まれて、五感すべてを使ってそれを伝えてきた。
東雲彰人がそこにいる。暗黒の2週間では、もう会えないのではないかと思ってさえいた東雲彰人が、ステージにいる。
それだけで私はもう十分すぎるくらいだったのに、息ができなくなるほどの圧のあるパフォーマンスを見せてくれて。もう、それだけで十分だった。
東雲彰人はこないだよりも少しだけ表情が硬い気がして、それに少し痩せたようにも見えた。
それが悲しくてつらくてやるせなくて、たまらなかった。
彼に何があってああなったのかなんて私には知ることもできなくて、邪推することしかできないのだけど。ただただ、悲しい気持ちになった。

東雲彰人が、歌っている。冬弥くんと、杏ちゃんと、こはねちゃんと、4人で。私はもう、それだけで十分だったのに。

いつもより短いイベントの持ち時間でパフォーマンスをやりきったときにはもう、会場に彼らの敵はいなかった。
鳴りやまない歓声。叩かれ続けるクラップ。


ステージに戻ってきたのは、東雲彰人ただ1人だった。
やめて。
咄嗟に私はそう思った。今回の件で話すことがあるのだろうなんて、火を見るよりも明らかだった。話さなくたっていい。もう、何も言わなくていい。わざわざ責められにくるようなものだ。そんなことしなくていいのに。

そんな私の願いはむなしく、東雲彰人はどうしようもなく真摯であってしまった。
彼は、マイクを握って言葉を紡ぎだした。

「本当は、話さなくていいって言われてるんですけど」
会場がざわつく。

今回の騒動のこと。報道にあったように、脅されていて、事実無根だということ。それを信じてほしいと思っているけど、信じてもらえないとも思ってること。

ゆっくりと彼は言葉を選ぶようにして話していた。

こんなにたどたどしく話す東雲彰人を、私ははじめてみた。

不安そうで、今にも泣き出してしまいそうな顔で、だけど、もう決めたのだという、芯のある声で。

こんな東雲彰人を私は見たことがなかった。

等身大の少年のような彼を、私は今まで知らなかった。いつも自信に満ちていて、まっすぐ夢を叶えることを目指している、そんな彼しか、私は知らなかった。

「オレは、……オレ達はまたここから、はじめていきたいと思ってます」

「応援してほしいなんて、そんなこと言えないのは、もうわかってる。……だから、見ていてください。今まで以上のパフォーマンスをするオレ達を」

まっすぐと前を向いてそう語る東雲彰人を、とても強いと思った。それはきっと、冬弥くんや、杏ちゃん、こはねちゃんがいてくれたからなのだろうと思う。

「信じてるぞ!」客席からそう声が飛ぶ。「今日一番よかった!」「応援してるからな!」ほかの客も同様に彼に思いのたけを叫ぶ。それを聞いて、私も叫んだ。  

会場が、Vivid BAD SQUADへの声援であふれていく。

出番前の、あの険悪でひりついた空気はそこにはなかった。

東雲彰人はぐっと唇を噛んでいた。泣きそうなのを必死にこらえているような、そんな表情だった。彼がこんな顔をするなんて、私は知らなかった。そこにいたのは、ただの1人の少年だった。つらいことがあれば傷つくし、嬉しいことがあれば感極まる、そんなただの、少年だった。

舞台袖から杏ちゃん達がでてきて、「ありがとうございます」とマイクに声を通す。その数秒間、東雲彰人は客に背を向けていた、肩を震わせて、背中を縮こまらせていた。その姿があまりにもつらくて、でも、戻ってきてくれてよかったと、本当に思った。

彼が客席のほうへ振り向いたときには、私が知っている東雲彰人が戻ってきていた。

 

アンコール曲は、「ReadySteady」

今の彼らにとって、これしかない曲。

位置について、ようい。
Vivid BAD SQUADの4人は、ここからまたスタートするのだ。