愛と祈りと執着

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推し活を考える

朝井リョウの新作『イン・ザ・メガチャーチ』が物凄く面白かった。

この小説を読んだことで、ここ数年「推し活」という言葉が浸透してきた社会を見ていてぼんやりと考えていたことが、くっきりとした輪郭をもって考えられるようになった。読み終わった後もずっと本作で書かれていたことを思い出しては思考してしまうような、本当に面白い小説だったので、特に自分に刺さった部分の感想を書きつつ、「推し活」について考える。

※『イン・ザ・メガチャーチ』の文中の表現の引用や、おおまかな話の流れが記載されています。決定的なネタバレはないです。

 

まず前提として、今の私は「推し」や「推し活」という言葉について、もう自分が進んで使う言葉ではないな、と思っている。好きなキャラクター、好きな芸能人、好きなVtuberなどが私にはいるが、その人達について「推し」という言葉をあまり使いたくないな……という状態になっているのだ。

それはなぜか。多分、他者が使っている「推し」という言葉と、自分が認識している「推し」の言葉が持つノリみたいなものが合わなくなってきているからなのかな……と思ってる。なんかニュアンス違うんだよな……みたいな感じがある。

また、「推し」を連呼する人達に対して「推しだから」って言っとけばなんでも受容されると思ってないか?と、思っているから、というのもあるだろう。
“その人”が好きなのではなく、“恋”が好きな人――いわゆる「恋に恋している人」がいるように、「推しは究極的に誰でもよくて、ただ“推しがいる自分”に酔っている人間」が好きじゃないんだと思う。

これは二次元作品だと余計にそう思う。それそのキャラである必要ある?現実に実在しないキャラクターになら何してもいいと思ってんのか?と思うことがあるのだ。
この辺は最近というよりも昔からではあるんだけど、SNSの発達によって「自分以外のオタク」があまりにも見えやすくなったことにより、余計にそう思うようになったところはあるのかもしれない。

そういうあれこれがあり、昔は推しという言葉を使っていたが、最近は「推し」という言葉をあまり使いたくないな……となっている。「推し」という言葉、共通認識ができている言葉だし、わかりやすいし手軽だし、使いやすい言葉なので使った方が手っ取り早い時は使うのだけど。

 

そして、「推し活」について。SNSでは目立つ人が目に入るので、私が観測している「推し活」って過激なものが多いんだろうなと思うが、それらを見ると、何のためにそこまでするんだろう、と思うことが多い。

愛のためとか推しのためとか、総括すると「好きだから」なんだろうけど、本当に?という気持ちがどこかにある。無意味では?と感じるほどに大量購入されたグッズの写真などを見ると、特にそう思う。その缶バッジ、そのアクスタ、そんなにたくさんあっても意味なくない?と思ってしまうのだ。

他には、推しのアカウントをめちゃくちゃ監視していて、最近新しくフォローしたのは誰か、誰にフォローされているのかを把握している人とか、推しの写真一枚で何もかもを特定しにかかる人とか、そこまでするのか……と呆気にとられてしまう。

他にも自分は到底やらないな……と思う「推し活」は多々あるが、書いてたらキリがないので割愛。そういう過激(と私が感じる)推し活を見ると、自分は全然推し活してるって感じじゃないな……と思う。
が、さらなる第三者から見たら私も別ベクトルの推し活をしている人なんだろうなあと思っている。二次創作って推し活のひとつだと思うし、もっと緩く言えば漫画の連載を追ってるとか、配信を見ているとかも推し活のひとつだろうなと思うし。

ただ、社会一般で見たとき「推し活」として語られているのは「推しにお金を落とす行動」だな~と感じることが多い。
それゆえ、私は漫画アニメアイドル配信者などのエンタメコンテンツについて、お金を落として貢ぐ、みたいなことをしたことがほとんどないので、世間一般で言うところの「推し活」はしてないんだよな……と思っている。
グッズを買って、公式動画の再生数を回して、誕生日には祭壇を作ってケーキ買って祝って、痛バ作って、概念ネイルして……みたいなことをしたことがない。

「ほとんどない」と書いたのは、ソシャゲの課金に四年弱を費やしていた経験があるからだ。あれは明確に「お金を落とす行為」をしていた。

私は原作のエピソードをすべて知ってないと気が済まない&二次創作するなら原作を全部読みこみたいオタクで、それゆえに推しキャラ(4人)のエピソードをすべて知っていないと気が済まないという状態だった。
最高レアのカードにサブストーリーがついており、そのエピソードも「原作」と認識していたので、ガチャで推しキャラが出る度に課金して、大体の場合天井まで回していた。私が知らない彼らの物語があることが嫌だ、という状態だった。

課金から離れた今、凄い状態だったな……と思うが、別にこのスタンスは今もさして変わってない。ただ、最後の方はコンコルド効果も相まって、ストーリーへの期待が全然なくなっている状態になっているのにも関わらず課金してガチャを回していたので、それはよくなかったな……と思ってる。なのでもうソシャゲは決してインストールしないことにしている。

ソシャゲの課金を除けば、漫画は原作を買うだけ、アイドルもCDやライブBlu-rayを買うだけで、ライブもツアー中に一度行ければよくて、全通みたいなことは目指したことないし、グッズもペンライトを買う程度。ブロマイドやキャラクターグッズは買ったことがないし、外出先でアクスタやぬいの写真を撮りたいと思ったことがない。

写真やアクスタを見て何になる?グッズをたくさん買っても部屋で置物になるだけじゃない?ぬいを連れていくことがそんなに楽しいのか?と思っている。
そんな調子なので、近年の「推し活」についてを総括すると、「ついていけないな……」という感情を抱いていた。

 

さて、「推し」と「推し活」について読了前に考えていたことを書いたところで、『イン・ザ・メガチャーチ』の話に入る。この小説、朝井リョウが書く「推し活」がテーマの作品ということで、読む前から期待値がかなり高かった。加えて、帯に書かれている「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」という文章によって、その期待値がより高まっていた。

物語。それは、すごく身に覚えのある単語だった。好きなコンテンツについて、私は物語を吸うのが好きなんだろうな、と思っている。アイドルの上手い歌やダンス、美しい外見。配信者の上手いゲームプレイ、面白いトーク
それらは確かに「好き」の一部ではあるが、私が本質的に好きなのは彼らが様々な経緯を経て努力して“何か”を成し遂げている、という物語なんだよな、という思いが常々あった。

そのため、『イン・ザ・メガチャーチ』に「推し活」と「物語」の親和性が書かれているのだろうと想起させてくれるこの帯文は、読み始める際の期待感をより膨らませてくれた。

この小説は、ファンダム経済を築く側(アイドルグループ運営)の47歳男性の久保田、ファンダムにのめりこむ大学生の澄香、ファンダムにのめりこんでいた三十代派遣社員女性の隅川の三者三様の視点で「推し活」についてを描いた作品だ。

『イン・ザ・メガチャーチ』で特に自分に刺さった部分はいくつかあり、それらについて一つずつ語っていく。

まずは推し活をしていた時代の隅川さん(三十代派遣社員女性)の、オタクらしい思考について。隅川さんは藤見倫太郎という舞台俳優を推している。その俳優がインタビューでこのように話す。

「チケット以外にも色々と買ってくださるファンの方がいることはわかっています。本当にありがたいことだと思いますが、舞台そのもので満足いただけるよう、努力を続けていきたいとも思っています」

なんてことない、当たり障りのないインタビューだ。推しがこのように話している姿を見て、隅川さんは彼の眉がハの字になっているところに着目する。

このハの字の眉毛を見た隅川さんは、藤見倫太郎の心情について「舞台を見に来てくれることの純粋な感謝の気持ちと、ランダムブロマイドに始まるグッズの複数買いを促す運営の方針への申し訳なさが心の中で混在しているのだろう」と受け取るのだ。

当たり障りのないインタビューの受け答え中の、眉の動きひとつで「運営の方針をファンに対して申し訳なく思っているんだろう」というところまで思考を巡らせている隅川さんを見て(読んで)、あまりにも……あまりにもわかるな、と思った。

眉の動きひとつだけで、言葉の裏を汲み取る。勝手に「ファン思いがゆえに申し訳なく思ってくれてるんだろうな」という、自分にとって都合のいい物語を展開する。些細なインタビューひとつでそのように思考が飛躍してしまうの、めちゃくちゃオタクだな……と思った。

このシーンではさらに、以下のように書かれている。

倫太郎の、ほんの数秒の映像。たった一枚の写真、一行の言葉。それらから、何百倍もの情報量を吸い上げて、一気に心身がおぼれていく。

この文章、本当に「そう」なんだよな……。オタクは推しのたった一言から、その何百倍もの情報を吸い上げて、勝手に物語を作る。

「一言を何百倍にも」というところが肝だと思った。演者側がなんてことなく発した言葉でさえも、その発言に込められている何もかもを汲み取りにいって、過去の発言と紐づけて、言ってないことまで勝手に思考を巡らせて、何百倍もの情報を受け取る。それがオタクだと思う。

この曲のこの歌詞がこういう意味があって、それが○○のこういうところと合ってて……みたいなコメントとか、昔の発言を一生覚えていてそれを引用してくるオタクとか、声の抑揚ひとつで様々な感情を汲み取ったりするオタクとか、色々と思い出す光景がありすぎてしんどかった。

「昔歌は苦手っていってたAくんが今はこんなに上手くなったの感動する」みたいなやつとか……「Cちゃんはいつも自分に自信ないって言ってるけど、ライブパフォーマンスだけは卑下しないの、自分が努力している部分への自負を感じて最高」みたいなやつとか……。心当たりがありすぎた。

この辺りのシーンはあまりにも心当たりがありすぎて、見たことがありすぎて、なんでこんなにオタクの生態を知ってるんだよ……と、朝井リョウに対して畏怖の感情が湧き上がった。

 

少し話は逸れるが、作中に「うちらの毎日ってテレビでポジティブに紹介できるようなことじゃないじゃん。寧ろ気狂いの所業っていうか」という会話文がある。この台詞、めっちゃオタクっぽいなと思った。

自分がしているオタクとしての行動をネガティブに捉えているところ、「気狂いの所業」という過度に誇張した単語を使うところにオタクっぽさを感じた。この一言に限った話ではなく、全文引用してしまいたいくらい、作中のオタク同士の会話やSNSのオタクのツイートが見たことあるものばかりで末恐ろしかった。

 

視点は変わり、“推し活”を仕掛けるアイドルグループのプロデューサー側の久保田の視点では、以下のようなことが語られる。

「オーディション番組出身のグループを担当して改めて実感したよ。人は物語に弱い。パフォーマンスそのものよりも、その前後の物語に注目している人がすごく多い。そして、物語に魅入られたファンは離れづらい」
もちろん、とテレビで話しているときみたいに橋本は先回りする。
「楽曲やパフォーマンスのクオリティも大切だけど、そういうものを全部まとめて乗せられる船代わりの物語があると、ファンダムの結束度が全然違うんだ」

これ、本当にそうだな……と思った。本当に「そう」としか言えない。正に自分のことだなと思って、それがとても痛かった。
パフォーマンスそのものよりも、その前後の物語が大事なのだ、私にとっては。顔の良さとか、ダンスが上手いとか演技が上手いとかではなく、そこに至るまでの物語が大事で、それを見事に言い当てられて面食らった。

そして「船代わりの物語があるとファンダムの結束度が違う」というのは、ファンダムでの結束をしたことがないので実感はなかったが、作中で描かれている「ファンダムの結束」は見たことがあるものばかりだったので、そういう側面もすごくあるだろうな……と思った。

作中での「ファンダムの結束」は、推し俳優が地上波に出演する時にファンダムの皆で一気にハッシュタグつけてツイートしてトレンド入りさせようという試みだったり、デビューシングルCDの枚数をオリコン1位にするために積もう!みたいな内容だった。それらを促すオタク達のツイート群があまりにも見たことあるものばかりで怖かった。

余談だが、このアイドルグループのグループ名が「bloome」(ブルーミー)(自分を花開かせようみたいな由来のグループ名)で、ファンネームが「花道」なの、ありそうっていうかもはや「ある」じゃんと思った。
ちなみに藤見倫太郎のファンの総称は「りんファミ」だった。これも「ある」……。ハッシュタグのトレンド入りを成功に対しての【この母数でトレンド入りて。りんファミ安定のツイ廃ファンダムすぎる】みたいなツイートとか、見たことありすぎた。

久保田が在籍するチームでは、ソシャゲの「百万人にそれなりに利用されるよりも、一万人の利用者を深く没頭させるほうが、リターンが大きくなる」という仕組みをもとに、「熱量の低い百万人ではなく、熱量の高い一万人を育て上げること」を目標に、様々なマーケティングを行っていく。(熱量の低い百万人へ向けたマーケティングは別チームが行っている)

そして、「熱量の高い一万人」になりうる人の人物像について、以下のように書かれている。

「差し出された物語に自ら乗り込み、没入していける気質の人。物語と自分との境界線が曖昧になるほど共感能力が高く、何でも自分ごととして捉えがちな人。没頭度が高く、自ら視野を狭めていける人。ひいては自ら拡散や布教に励んでくれる人」

そんなに細かく書くのやめてよ! 嫌すぎるタイプの「これ私のことだ……」だった。私がそっくりそのままそういう人間かと言われると違う部分もあるが、「物語に没入していける気質」ではあると思うので、文章で刺されたような感覚があった。
仕方ないだろ! 物語に没入していって、自他境界を曖昧にして視野を狭めるのが楽しいんだからさあ……仕方ないだろ……!!

さらにアイドルグループ運営視点では、推し活についての分析でこう語られていく。

「何でもいいんです。酒でもタバコでもギャンブルでも、SNSでも海外ドラマでも読書でも恋愛でも育児でも仕事でも環境保護活動でも。とにかく、何かに対して熱量を高めていたい、何かに時間や労力や資金を注いでいたいという人はとても多い」
それは多分、と、国見が続ける。
「我を忘れて何かに夢中になっているほうが、楽だからです」
楽。
「ずっと我に返ったまま生きるにはこの世界は殺伐としすぎていますし、人間の寿命は長すぎますから」

<中略>

「物語への没入というのは、手っ取り早く我を忘れるために有効な手段の一つなんですよね」

これも本当にそうだな……と思った。我を忘れて何かに夢中になっている方が楽なのだ、人生は。その通りすぎた。
何かにハマっているものがない時、人生はあまりにも虚無すぎる。したくもない労働が待っているだけで、本当に空虚で、自分はなんで生きてるんだろう、と思ったりする。だから私は常に何かにハマりたいな、と思っているし、ハマっているものへの熱量が落ち着いてきている気配を感じると怖くなる。

「○○がドームに立つまで死ねない」みたいなことを言っているオタクがよくいるが、そういう「生きがい」みたいなものがないと、人は簡単に壊れる気がしている。自分がそうなので。

そういう意味では仕事に「熱量を高める」のが一番いいのだろうな……と思っているが、そう上手くいかないので難しい。物語に没入している時、自分が向き合うべき現実のことなど何も考えなくてよくなる。それがあまりにも「楽」なのは、とてもよく理解できた。

「結局皆、信じるものが欲しいんだと思います。特に、この社会は生きづらい、自分はこの世界に不当に扱われていると感じている人ほど」

国見の湿った口元が、また緩む。

「そういう状況で信じられそうなものに出会ったとき、人は、その対象に強い共感や感情移入を試みます。時間や労力、資金の注ぎ込み先に値するという確固たる根拠を手にするべく、対象を自分自身に引き寄せ、重ねようとします。重ねることはなくても、この人が健やかに生きられる世界であってほしい、とその対象に何か大いなるものを託そうとします」

口元は確かに緩んでいる。それなのにやっぱり、なぜか笑顔には見えない。

「その作業を繰り返すうち、もはや対象は、自分にとって最も都合のいい幻覚にその姿を変えていきます。そういう“推し”の作り方をする人の熱量は非常に高くなりがちです。幻覚を守るためには、強い物語が必要ですから」

生きづらい社会の中で信じられそうなものに出会った時、その対象に共感や感情移入を試みる。その対象を重ねることはなくとも、「この人が健やかに生きられる世界であってほしい」と思う、という一連の文章も、本当にそうだな……と思った。
「重ねてはない」が、しかし対象の存在に対しての祈りに似た何かが発生するというのは、わかってしまうところがあった。

 

分析の中で、オタクの気質が「プロデューサー、アナリスト、学級委員、疑似恋愛、信徒」の5つに分類されていたのも面白かった。運営側のアクションひとつひとつに対して、気質ごとに反応が違うから、どの気質が反応しているかの見極めが必要、という話がされる。

各気質の説明は長いので割愛するが、どの分類のオタクも「いる」なあ……と思いながら読んだ。疑似恋愛気質の特徴として「写真一枚で一晩しんどくなれる人たち」と書かれていたのが面白かった。端的で、それでいてわかりやすい表現すぎた。見たことがありすぎる。

そして、「熱量の高い一万人」に最もなりやすい気質が「信徒気質」だと言及される。そんな信徒気質の人間の傾向について、作中では以下のように語られている。

「傾向としては、とにかく推しの夢が叶ってほしい、幸せになってほしい、よく食べてよく休んで健やかでいてほしい、それが私にとっての幸せ、あなたの存在が私の人生を照らしている、この素晴らしさを世の中に伝えたい――こういう雰囲気です。共感能力が最も高く、自他境界も最も曖昧、拡大解釈の最大値を記録するのも大抵この層です。この気質がよく使うフレーズとしては、アイドルを目指してくれてありがとう、生まれてきてくれてありがとう、この辺りの巨大な感謝系ですね」

こういうオタク見たことありすぎるな……。5分類の中で一番見たことあるまであった。なんなら5分類の中で一番オタクのあるべき姿的な認識をされているのってこの気質では?とさえ思った。「そこにいてくれるだけで十分」「存在に感謝」「自分のことを大切にしてくれてありがとう」系のオタク、一番いませんか?

他にも、信徒気質の特徴について「一の情報から十の感情を受け取り、自分の人生に引き寄せて百の物語を生み出す。そして、その物語に自分以外の人間を巻き込むべく、千の布教に励む。」と書かれていて、それももう……もう……。知っているな、と思った。そういうオタクを見たことがあるなと思ったし、部分的に自分だなとも思った。一の感情から百の物語を生み出すあたりとか。

 

また、これらのオタクの「気質」分類の中で、「学級委員気質」の人物像として「推しを絶対に消費したくない、自分の加害性に敏感でいたいという気持ちが強い」「オタク的な消費行動と自分の倫理の間で引き裂かれるような思いを抱いていることが多い」という特徴があると言及された。そういう部分は自分にもあるな……と思った。

私はたまに、「正しい“推し方”ってなんなんだろう」と考える。私が行っている消費は、彼ら彼女らにとっては嫌なことではないのだろうか、私がしていることはすべて迷惑で、だとしたら、「推し」にとって一番喜ばしく思われる行動ってなんなんだろう、と思うことがあるのだ。

それを考える時、「すべての“反応”って迷惑なのかもしれないな」というところに思考が至ってしまい、最終的には、ただただ黙った方がいいんだろうな……というところに行き着く。
そこまで考えこそするが、黙れるわけもないし、たった数秒の行動から、たった一言から物語を見出して、過去の発言と紐づけて、それらを何百倍にも膨れ上がらせて消費するのが好きなので、それをやめられるとも思ってない。結局エンタメって消費されないと始まらないよなと割り切っている部分もある。「学級委員気質」の説明を読んで、そんなことを考えさせられた。

この「推し活」や「熱量の高い一万人の特徴」についての分析パートは、社会学の新書を読んでいるかのような読み心地だった。それが小説として読みやすくアレンジされているのだから文句の付け所がない。

なんでこんなに「推し活にハマる人達」がどうして推し活にハマっているのか、どういう思考にあるのかを言語化できるんだよ、と朝井リョウに対して思った。朝井リョウってそういう社会へのアンテナが鋭すぎるんだよな……本当に……そこが好きなんだけども……。

人は物語に弱いとか、我を忘れて何かに夢中になっているほうが楽だとか、本当にそうだなと思う。今の自分がそうだし、SNSを見渡していてもそういう人が多いように感じる。

 

この小説を読んで気づかされたことのひとつに、「ファンダムは、人が孤独から逃れるのにあまりにも都合のいい共同体だ」ということがある。

オタクをしていた時の隅川さん(三十代派遣社員女性)は、オタク友達のいづみさんと推しの話をしていたが、推しがいなくなった途端、仕事の「報告」でしか自分が会話をしていないことに気づき、底知れない孤独感に苛まれる。

大学での人間関係が上手くいかないことに鬱屈した感情を抱いていた澄香は、推し活を通してファンダムと交流していく中で心が満たされていく。「同じ人を、同じ角度で、同じ熱量で好きな人達」との交流で、孤独感が解消されていく。

そして、ハマっているものがなく、雑談をするような相手が社内にも社外にもいない中年男性の久保田は、家に帰るといつも一人で孤独を感じている。物語が三者三様の目線で描かれていることにより、“推し活”が孤独感の解消に繋がっているのだ、ということが鮮明に浮かび上がってくる。この構成に唸らされた。

コロナ禍を経た現代社会の「孤独」問題は深刻だ。中高年男性に友人がおらず、定年後とにかく暇になるという現象は有名だが、最近は二十代後半くらいからのライフステージの変化などに起因する「友達が減っていく」現象についてもよく見かける気がする。

その点を考えると、たしかにファンダムって凄いな……と気づかされた。礼節さえ弁えてれば自分と違う年代の人との交流も広がるし。

ファンダムって基本的にエコーチェンバーするから自分に似た人が周りにいるようになって、それゆえ居心地がよくてあたたかいんだよな……ということを、澄香のファンダムとの交流を通して感じてしまった。
何かのコンテンツについて、自分と同じ角度で、同じ熱量で好きな人達との同調や共感や連帯って、本当に麻薬だなあと思う。麻薬っていうか……用法用量を守れば人生を豊かにするものだとは思う。モルヒネなんだよな……。

ファンダムが現代日本において孤独感から脱却できるコミュニティになっているという話の展開、「言われてみれば確かにな……」と思わされた。ファンダムに限った話ではなく、「○○界隈」なんかも全般的にそんな感じな気がする。

ファンダム内での交流と連帯だけでなく、ファンダム内での対立が作中で描かれてるのもわかってるなあと思った。他担からの「ビジュ悪すぎ」みたいなアンチコメとかを通報する場面とか、民度の悪い行動はやめてくださいみたいな自治厨とかもいて、「いるなあ……」と思った。

 

さて、アイドル運営チームの久保田は、「熱量の高い一万人」「信徒気質オタク」が、推しのためにオタクがどういう「推し活」をしているのかを知っていく。
わかりやすい例だと、公式MVの再生数を稼ぐために一日中動画を再生するなどだ。その再生方法もループ再生ではなく、間に別の動画を挟み、検索欄から検索し、そして再度再生するという方法で再生していることを知る。(YouTubeアルゴリズム的にその方が良いらしい)
他にも、先輩筋にあたるアイドルグループのデビューシングルの枚数を上回るべく、オタク達がCDを積みまくったりしている様を、SNSを通して観測していく。

信徒気質のオタクは布教も熱心だし、推しが少しでも幸せになるように、華々しい道を歩けるように、様々な行動を徹底している。熱量の高い一万人がどういう「推し活」をしているのかを知っていく中で、久保田は以下のような思考をする。

浅はかだなと思う。
何してんだよと思う。
本末転倒で、何も本質的じゃないなと思う。
でも、じゃあ他にどんな有効な応援方法があるんだと訊かれたら、正解を差し出せるわけでもない。
応援している対象をより高みへと押し上げるために、数値として結果が出ることを献金含め合理的にサポートすることの何が悪いのか。そして、それ以外にもっと効果的かつ本質的な方法など存在するのか。
わからない。

これもこれで本当にわかる、と思った。動画の再生数を増やすために一心不乱に指を動かしたり、自分の生活を削る勢いでCDを積んでいるオタクを見て、私も同様に「浅はかだな」「何してんだよ」と思うからだ。

でも、他にどんな応援方法があるのかと聞かれるとわからない。本当にわからない。「推しに成功してほしい」と思った時にできることなんて、目に見えてわかりやすい数値を増やすことくらいなんじゃないか……と、私も思った。

私は信徒気質のオタクの何を小馬鹿にしているのだろう。それ以上の行動はないはずなのに。オタクが推しに何かしら貢献したい、この人の成功に寄与したい、と思った時、できることなんて金を積むことくらいなはずなのに。わかっていても白けた目で見てしまう。

「そこまでやっても変わらんでしょ」「そんなに必死にオタクして楽しいか?」と冷笑しているのかもしれない。
でも、必死にオタクするのってこの上なく楽しいんだよな……本当にね……。睡眠時間を削って配信に張り付くのは楽しいし、台詞を暗記する勢いでストーリーを読みこむのも楽しい。どうしようもなく楽しいのだ。

必死さが向かう先が「お金を積むこと」なオタクを前にして、私が彼ら彼女らを馬鹿にできるのかと言われると、できないな……と思うが、だからといって冷笑をやめられるかと聞かれると、それはそれで難しいなとも思う。

何が本当に対象のためになるのかとか、何が今最も本質的な行為なのかという問いは、”視野を拡げて考えてみると”という呪文を唱えされすれば、その答えを永遠に反転させられる。
つまり、どの角度から見ても間違いなく本質的に正しい答えなんて、どこにもない。
どこかで、”この視野で、ある程度の確率で、間違う”と覚悟を決めるしかないのだ。

その事実を受け入れず、可能な限り本質的でありたいあまり、そして誰からも攻撃されたくないあまり、さらに視野を拡げるべく視点をどんどん後ろへ引いていくと、いつの間にか誰の姿も見えないくらいに自分だけが全てから遠ざかっている。

そうなるともう、何の行動にも出られなくなる。全ての角度からの審判を俯瞰できるまで視野を拡げることは、誰とも何とも連帯できないほどこの世界から遠く離れることと同義だからだ。

本質的であろうとすればするほど、何の行動にも出なければどこからも裁かれないという考えに吞み込まれる。そんなことに何の意味があるんだとか、それが最適解じゃないのにとか、そんな冷笑だけが両手に溢れ、人生の砂時計をただ眺めているだけになる。

この辺もめちゃくちゃ「そうだな……」と納得させられた。この小説、「そうだな……」と「わかる……」ばかりだった。ファンダム経済にのめりこむ人を小馬鹿にするのは簡単だ。だけど、そうやって小馬鹿にして、「自分はわかっている」という態度でいすぎることの危険性が書かれている。

人から小馬鹿にされたくないあまり、仮想敵に攻撃されたくないあまり、視点を後ろへ引いていった先には、自分だけが世界から遠ざかり、誰とも連帯できなくなる状態が待ち受けている。冷笑だけが残り、人生の砂時計をただ眺めているだけになる。本当にそうだなと思う。

そして、砂時計を眺めているだけの人生は果てしなく虚無なのだ。だからこそ「この視野で、間違う」という覚悟をどこかで決めるしかない、というのはすごくわかるなと思った。冷笑ばかりしていないで、どこかで熱血になる必要があるんだよな、本当に……。
今の世の中には、視野狭窄になるからこそ得られる楽しさや嬉しさがあるのだ、と思ったし、視野を拡げることだけがいいことではない、という文章がよかった。

 

しばらくしてから、久保田はbloome運営のやり口について「こんなに花道(ファンの総称)から搾り取るようなことをするなんて……」という切り口で難色を示すような発言をする。ここで運営チームのリーダーが「搾り取っていません。使い切らせてあげてるんです」と返答するのだが、ここの会話も非常に興味深かった。

「私たちはこれまでもこれからもずっと、花道から何も搾り取ってはいません、花道に、自分自身を使い切らせてあげているんです」
<中略>
「皆、自分を余らせたくないんです」
と言った。
「今って本当に、人生の指針がないですよね。幸せの形は人それぞれって言えば聞こえはいいですが、あらゆるパターンの人生が可視化されて、これまで提唱されてきた生き方の正解とか成功の条件みたいなものはただの幻想だってことが知れ渡りました。どのパターンの人生でも穴があるんです」

「でもそれって、言い換えれば、自分というリソースを使い切ったもん勝ち、ってことでもあると思うんですよね。万人に通ずる物差しがなくなったということは、その対象が何であれ、自分を使い切っている人には外部からのジャッジが一切通用しないということでもあります」

「だからこそ、自分はこれを”幸せ”として生きるって決めたら、そこで自分を過剰に消費し尽くそうとする人が多いんだと思います。資金や時間や思考力も注ぎ込んで、沸いたり揉めたり喜んだり怒ったりしながら感情も使い果たして、没頭度を高めるどころか狂いの強度を周囲に喧伝までして、そうしているうちは、何かに対して自分を余す所なく使い切っているという本人以外が覆しようのない幸福感を得られるわけですから」 

「確かに、今も本質的な正解みたいなものにこだわる人たちは色々と口を出してきます。実際、主に学級委員気質の花道がよくCDの大量購入システムやランダムグッズ商法に問題提起をしていますよね。でもそれらがなくなったところで、それに自分を注いでいた人たちは別の何かで自分を過剰に消費するしかありません。一番のタブーは、自分が余ることなんです。自分を使い切ることが今の時代に手に入れられる唯一の正解であり、”幸せ”なので」

「何もかもが揺らぎやすい今、確固たる信仰対象があり、それに対して自分を使い切っている姿そのものに希少価値が生まれるんです、たとえその対象が社会通念的に無価値だったり、いっそ人類存続に不都合なものであっても、客観性を伴わない猪突猛進さこそ今の時代に機能し得る唯一の物差しなんです。こういうことを頑張っていて偉い、ではなく、よくわからないけどめちゃくちゃ本気で生きていて眩しい。そういう世界に私たちは生きているんです」

「これまでは、間違いさえしなければ、なんとなく正解の部屋に入れました。でも今は正解の部屋自体がないから、たとえ一つも間違わないでいたとしても、ただ”間違わなかった人”になるだけなんですよね。そこには何の加点もない。だからもう何をするにも、自分はこうやって間違うって腹決めて脳みそ溶かして動くしかないんですよね。寧ろそうしない限り、結局何も」

凄い。ただただ圧倒された。本当にその通りだ……と思った。「自分を使い切る」ことが途轍もなく気持ちいいことを私は知っている。「自分が余る」ことの虚無感も知っている。

たしかに、今は本当に人生の指針がない時代だと思う。どのパターンも上手くいかないケースばかりが目についてしまい、何もしたくないな、と思ってしまう。
転職も怖いし、子育てもしたくない。家も欲しいと思わない。就職するまではあった、目指すべき旗みたいなものがなくて、ただただ荒野に立たされている。そんな状態だ。

人生に対してある程度の正解がある就職まではよかった。よりよい高校を目指し、よりよい大学を目指して、いい企業に就職する。
それが終わってからが私にとっては地獄だった。ここから先40年以上働かなくてはいけないのかという絶望。特に目標も何もない仕事。欲しいものも特になく、ただただ漫然と過ぎていく日々。

衣食住が整っていて、仕事も基本定時退社できて、買いたいものは大体買える。何も問題がないはずなのに、この生活があと40年も続くのかと思うと、死にたくてたまらなくなる。そういう時が定期的にある。
ただ生きていくためだけに、したくもない労働をするくらいならいっそ死んでしまいたいなと思う。でも本当に死ぬほどの苦痛でもない。そういう甘やかな希死念慮があった。

これはまさしく「自分が余る」だなと思う。私は「間違わなかった人」になっただけだった。欲しいものがない時の労働は、ただ生命の維持と国民の義務を果たすだけのもので、本当に苦痛だ。
何も欲しくないのに、なんで私は労働しているのだろう。働かないと生きられないくらいなら、働かないで死にたいんだけどな、みたいなことをずっと考えている。
私が今陥っている状態はクォーターライフクライシスなのだろうなと思うが、果たして40歳になった時にこれらの虚無感が消えているのかどうかわからない。

しかし、社会人をやっている中で、何かのコンテンツに熱烈にハマっている時期だけは「自分が余る」ことがなかった。「推し」のことを考えていれば一日が終わる。なんなら時間が足りないとさえ思う。
推しが映画のエンドロールを最後まで見るタイプかどうかを考えているだけで、好きな酒の種類を考えているだけで時間が溶ける。あれはたしかに、「この視野で、間違うと覚悟を決めた」状態だなと思った。

「自分を使い切る」をしたことも数度ある。「自分を使い切る」をしているとき、そこにあったのはたしかに幸福だった。私の場合はお金を費やしていないのもあり、余計に幸福だけがあった。
自分を使い切っているとき、そこにあるのは高揚と爽快感だ。時間や思考力を注ぎ込んで、沸いたり揉めたり喜んだり怒ったりしながら、感情も使い果たす。
それは、あまりにも楽しかった。自分以外の「何か」に心血を注いでいると、自分のことを考えなくてよくなる。我を忘れて何かに夢中になることが、あまりにも「楽」だった。

 

『イン・ザ・メガチャーチ』のタイトルにも入っている「メガチャーチ」とは、一度の礼拝で2000人以上が集まる規模の教会のことだ。
今のメガチャーチは、礼拝がお祈りに行くというよりもライブに参戦という感じで、非日常感を味わえるものになっており、海外では若い世代を取り込むことに成功しているらしい。
メガチャーチ」での集金活動・信者獲得のメカニズムは、かなり推し活マーケティングに近い、ということがこの小説の中で書かれていて、そりゃ「推し活は宗教のようだ」と言われるわけだな……と思った。

また、この小説を読んで、近年の推し活は子育てにかける熱量を「推し」に向けている、という言説を思い出した。
推し活、子育ての蜜の部分だけが手に入るんじゃないかなという気がしている。推しの成功物語を見守るのって、子の成長を喜ぶのと近しいものがあるんじゃないかなと思う。

推しの成功や失敗を自分のことのように一喜一憂するの、すごく子育てっぽさを感じる。そして子育てと違い、自分は「推し」に対して無責任であっていい、いつでも「推し」を変えられる、というのが楽すぎる。

 

『イン・ザ・メガチャーチ』、本当に凄い小説だなと思う。この小説を読んで特に印象に残ったのは以下の5つだ。

・オタクは一の情報を何百倍にもして物語として受け取る
現代社会では我を忘れて何かに夢中になっているほうが楽
・推し活コミュニティは孤独感から解放される効能もある
・視野を拡げていった先にあるものは人生の砂時計を眺めることだけだから、どこかで視野を固定して、間違うと覚悟を決める必要がある
・人は自分を余らせたくないし、自分を使い切ることに幸福を感じる

人生の砂時計を眺めていたくないし、自分を余らせたくないな、と思う。視野を固定して、間違うという覚悟を決めたい。何かに自分を使い切ってしまいたい。そう思うのに、視野を拡げて冷笑してしまう自分をやめることができない。

冷笑したいわけではないのに、推しの些細な言動ひとつで一喜一憂しているオタクを見て(気にしすぎだろ……)と思ってしまう。感覚としては冷笑というよりマジレスに近い。でも冷笑だろうとマジレスだろうと変わらないんだよな、と思う。どちらにせよ視野を拡げすぎた人間の末路って感じなので。だからといって過度に視野狭窄するのもよくないから難しい。

間違う覚悟を決めたいな、と思うし、そうやって覚悟を決めたところで、その視野で見える範囲にいる・自分よりも視野狭窄している人達を見て冷笑するのもやめられないんだろうな……と思わされた。そういう自分の愚かさに気づかされた。

この小説で書かれているオタクの行動や特徴には誇張されていると感じる部分もある。こんなオタク本当にいるのかよ……と思う部分もあったが、しかし同時に(いやでもいるんだろうな……)と思わされた。

部分的に自分のことだと感じる場面が多く、冷笑しようにもできない、みたいなことが多かった。作中に登場するオタクは推しにお金を貢ぐタイプのオタクなので、そこは明らかに自分とは違うのだけど、思考回路はわかってしまうというか……わかってしまうことが私には痛かった。
自分を刺してくれる小説、中々出会えるものではないので最高だった。自分の感情を勝手に解体されて目の前で見せびらかされたような感覚だった。

ぐだぐだ書いてしまったけど、結局これからも私は一の情報を何百倍にもして物語として受け取ってそれを消費するんだろうなと思う。それが私の娯楽だから。『イン・ザ・メガチャーチ』、傑作でした。

スト6を知っておきたい人用おすすめ動画まとめ

V最スト6があるし見たいけどスト6のことわからんから知識入れておきたいよ~って人に向けた解説動画をまとめました。
基本的には興味のあるものを見るのがいいと思ってるので(興味がない状態で知らない人が喋ってるだけの動画を見ても、情報が入ってこないと思うから)何言ってるのか・何してるのかわからないとしても、好きな配信者の配信や切り抜きを見るのがいいと思ってますが、配信の中で話してることなどを手っ取り早くまとめて理解したい人向けのスト6解説動画まとめです。

基本システム

基礎の基礎のシステム面について。Shutoさんの動画は短め、どぐらさんのやつは3本立てで詳しめです。

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Shutoさんの動画を見てもっと詳しく知りたいと思ったらどぐらさんの動画を見てみてもいいかも。どちらもチャプター分けされてるので知りたい単語だけ見るとかも可能です。

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どぐらさんのやつは結構がっつり細かいとこ(と言いながらも配信でわざわざ説明されにくいところ)まで説明されてます。

キャラ紹介

今いるスト6のキャラクターがそれぞれどんな特徴があるキャラなのかの説明動画です。

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ひなーのがどぐらさんに教えてもらってるやつ。他ゲーに例えたりしつつ説明してくれている。

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五十嵐がどぐらさんに教えてもらってるやつ。最新キャラの舞まで説明されている。

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モダンとクラシック

モダン(M)とクラシック(C)はどう違うのか。それぞれのメリットデメリットについての説明動画

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初心者はモダンがおすすめと言われている動画

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モダン適正

初心者コーチングなどで「エドはモダンでも強い」とか言われたりしてるんですが、いわゆる「モダン適正が高い」と言われているキャラについて、どこが強いのかを解説してる動画

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モダンでおすすめのキャラランクは結構動画たくさんあって、人によって意見が分かれる(なりふり構わないのであれば本田が最強というところは共通認識)ところだったりします。

キャラランク

キャラクターを知った上で、「じゃあどのキャラが今強いとされているのか?」は気になるところだと思うので、その解説動画です。これはライバー達もコメ欄でも「今エド最強だから」「ジュリはいい位置にいる」「舞は三強に入る」とか色々言ったりすると思うので、人によってキャラランクは違うという前提があるものの、最近のキャラランク考察動画をまとめました。

競技シーン(プロレベル)のキャラランク動画

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ランクマのキャラランク

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キャラランク動画も溢れるほどあって、「ラシード使いから見たキャラランク」とかもありますし、キャラランクの派生として「各キャラ視点の有利不利」のランク表作る動画なども多いです。「キャミィ使いから見た有利不利」みたいな動画など。

Shutoの統計キャラランク動画とかも面白いです。

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細かい単語解説

格ゲーには「方言」と格ゲーおじさんが自虐して呼んでいるような専門用語が多いです。マスター勢のコーチングなどでは教えられる側のライバーも当たり前に理解している単語達なので(何の話をしてるんだ……?)となりがちだったりします。基本的にわからない単語は検索すればどういうことか解説動画ありますが、頻出する単語をまとめた解説動画を2つあげます。

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政治

格ゲー村には「政治」というネタ文化があり、「自分のキャラの弱い部分を誇張してしらばっくれ、他のキャラの強い部分を誇張して語りヘイトを誘導する」みたいなことを「政治」と呼びます。

例:「豪鬼は体力9000しかないから;;」「キャミィは入れ替えなくなっちゃったしな~」「ベガは無敵ないから!」

大物政治家になりかけている葛葉の動画

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以上、ある程度この辺見ておけば配信での会話が少しはわかりやすくなるかな~という感じの動画をまとめました。少しでもスト6配信を楽しむ一助となれば幸いです。

久しぶりに8日目見た

久しぶりににじGTA8日目を見た。これはそれだけの日記です。それだけの日記のはずだったんだけど、だらだらと長くなってしまった。

小柳のVCRGTA2アーカイブを完走し、せっかくだし8日目久々に見ようかな~と思ったのがきっかけ。8日目、7月頃は他視点含めてめちゃくちゃ見返してたんだけど、8月に感想文書き上げてからは青エゴだったり他の過去アーカイブだったりを見ていたため、体感的には久しぶりに見るか~の気持ちだった。

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そうしたら驚いたことに、アーカイブをクリックしようとすると手が震えるんですよ。驚きました。「これから死地に赴く人を見送る人の気持ち」みたいになってた。あの日の結果知ってるのに?はいそうです。死地に赴くは完全に過剰表現なんですが、「火中の栗を拾いに行く人を見る時の気持ち」にはなってた。少なくとも。
この四か月で小柳のことをあの時よりかは少し知ったからゆえの震えだったんだろうな。当時は「新人でこの役割背負わないといけなくなったのマジえぐすぎるな……」くらいの気持ちで見てたので。ロレエビが闇堕ちしたこと自体についてはかなり深刻に捉えていたんだけど。

 

8日目の感想語る前に、7日目の26億事件について語る。感想文で既にある程度語ってるのでその辺は割愛しつつ。26億事件、誰も悪くないと思ってるのは大前提としてあるんだけど、関わったライバー達に少しずつ悪いとこがあったとも思っている。それらが重なりに重なって発生してしまった事件でもあったな、と。

kswmaimw.hatenablog.com

26億事件、大きく分けて3つのヘイト先があったと思う、私の認識だと。
「そもそも食い逃げをするな、ヤバそうになったら土下座でもなんでもしておけばよかったのに、というロレエビの行動へのヘイト」
「あれだけ育ててもらったのに嬉々として追放しようとしたことに対する警察へのヘイト」
「26億とかいうゲームバランス崩れるに決まってる金額をぼったくり、かなり無理矢理注文させ、ずっとマジの請求をするかのような雰囲気を崩すことなくゴリ押してきたホスキャバへのヘイト」
どれもちょっとずつ悪くはあった。それらが積み重なってあの大事件が巻き起こることとなったんだよな、とも思う。

そういえばホスキャバについて感想文で語ってなかったので少し書くと、尊様のよくないとこ出ちゃったな……!みたいな気持ちだった。良い悪いは個々人の感覚によるわけなんだけど、私の視点/感覚からだと「よくないとこ」って言葉が近かった。
あの辺、尊様があもあすで疑われた時に負けじと言い返していた姿を思い出していた。レスバで負けたくないという思いが強く出る時があるんだな、みたいな印象を持っていて、それ自体は悪い事ではないんだけど、それがよくない感じに作用してるなあ……と思っていた。

あの時ホスキャバ&半グレってすべての決定権が尊様にあるからこそ他ライバーは賑やかししかできないわけで、その賑やかしが余計に最悪の方向に舵を切ることになってしまったよな……とも思っている。これだけ多くの人を巻き込んでしまったからにはちゃんとオチをつけないといけない、となってしまったし、ロレエビを責め立てる人が増えたことによるヘイト増加もあったと思うし。

話を戻す。私、もしも7日目を小柳メインで見てたら小柳に対して「小柳は悪くないよ」とは言えなかっただろうな……と思っているんだよな。悪くないよコメ自体への批判とかそういう話ではないです。実際大罪を犯したというわけでもないし、悪くない部分もたくさんありますし。私は言えなかっただろうなと思ったという、それだけの話です。
多分「やっちゃったな……」みたいな気持ちになってたんじゃないかな、と思う。悪くない部分があったとしても、ヘイトを抱いている人はそんなの関係なしに糾弾してくるだろうし、と思ってるからこその「やっちゃったな……」みたいなね。

新署長宣言はともかくとして、どっちかというとそこから本署に護送する車内での時間や、2度目の逃亡→追跡でごちゃった時にどうにかできなかったかな……みたいなことを苦く捉えたんじゃないかなと思う。まあ2度目の逃亡の時は26億(24億)という額が提示されてしまってた状態なのでかなり難しめなんだけど。

ただ、その「悪かったとこ」に対して、小柳が自ら背負ったものの大きさがでかすぎたなとも思ってるので、それらが合わさってめちゃくちゃ苦しい気持ちになってただろうな~みたいなことを考えた。当時、とばっちりくらいまくってるな……とも思ってたから。最初信じようとしてたのも込みで。

荒れとか燃えとかについて、「そんなことで荒れるなや」と思えてる時はどうでもいいんだけど、「それは仕方ないわ……」になる時が一番しんどかったりするんだよな、個人的には。中々ないんだけどね、「それは仕方ないわ……」になる時。
しかしながら、7日目の事件は「仕方ないわ……」の成分が多かった。これは小柳に対してというより、関わったライバーで配信が荒れてしまった人達について全体的にそう思ってる。

ライバーのことが好きだからこそ、そのライバーの尊厳が損なわれそうになった時に攻撃的になってしまう人も一定数いるわけなので。良くはないんだけど、そういう思考になってしまう人がいる、というのは理解できるんだよ。

26億事件、当時見ててかなりしんどかったんだよな……食い逃げの前のホスキャバで勝手にタワー入れられてたとこからもう既に結構辛かった。笹木視点で嵌めようとしてるのがわかった上で、複窓でロレ視点も見ていたというのもあって。
こういうのでしんどくなってしまうの、「エンタメだからムキになるな」「全部エンタメだぞ」で薙ぎ倒されてしまうわけなんだけど、まあ……その辺はごめんって感じだ。全部エンタメだと思って笑えなくてごめん。石を投げて頂いて構いません。あの時は「これヤバくないか……」という焦燥感で見続けてしまっていました、すみませんでした。ロレエビ闇堕ちに対して「ああ……」ってなってた。普通にギャングと警察のバランスが終わる……でもそもそも26億という額の時点でバランスは終わっている……という絶望感に包まれていた。

結局何が言いたいかというと、これ当時小柳視点メインで追ってたらマジで辛い1日を過ごすことになってたんじゃないかなと思ってる、ということだ。多分心臓バックバクになってた気がする。いや、当時もなってはいたけど、中身が違う。
当時は「これどうなっちゃうんだろう……」という、にじGTA企画全体への危惧をしていた。これ上手い事収拾つけないとせっかくの超大型企画が大炎上で終わりかねないだろ、みたいな不安と緊張と恐怖があった。あとロレエビがあの日までの間に「俺だけは最終日まで警察でいる」と発言していたのに、そうならない可能性が出てきたことに悲しくなっていた。ありがとうパンもらうもんだと思ってたので。

で、今タイムスリップしたら多分、小柳個人に対しての緊張と不安の割合が増えるんだろうな、と思ってる。今日の配信めちゃくちゃ荒れるんだろうなとか、これ小柳一人でなんとかできるのか……?みたいな怖さが増えそうだなっていう。
当時追ってたオタクはどういう気持ちで8日目見てたのか、みたいな内容の箱を7月あたりに何個かもらったんだけど、「小柳なら大丈夫だろうと思ってたけど荒れは怖かった」みたいな感想が多くてそれにも驚いた。私だったら多分そこまで信じれてなかっただろうな……と思うので。今タイムスリップしても多分そこまでは信じれない気がするんだよな……。

 

8日目の話をしようとすると7日目にも触れたくなってしまうし、7日目に触れると6日目にも触れたくなってしまう。なので少し6日目にも触れます。

私は7日目を見ると「ああ……」という絶望と悔恨に近しい気持ちになるんだけど、これは小柳6日目に起因する部分も少なからずある。アオハルヘリ練してたのになあとか、一緒にギャングのフリしていたずらしようぜって企んでたのになあ、みたいなことを思ってしまうのだ。

しかも6日目は鯖閉じ後の雑談も沁みてしまう。
「細かい技術でまだ差があるなやっぱり、署長副署長に比べて」「(配信タイトルについて)疑われたわ、闇堕ちか?って。する予定ねえっす、闇堕ち」「警察の業務にマンネリを感じたら闇堕ちするかもしんないけど。マジでやってらんねえ、余裕だわ~(ってなるのは)ないからな。そんな状態ないからな普通に」

「これ誰かヘリの修理やってますか?」「やってるし配信中だよ」ここも本当に好きなんだよな……。

これはすべてが大団円で終わったからこそ言えることだとは思うんだけど、あまりにも物語として完成度が高すぎる。6日目からの7日目(26億事件)、あんなに小柳は署長副署長のために頑張ろうとしてたし二人のことを尊敬していたのに……ってなるんだよ。前日に闇堕ちの話題に触れてギャグのように扱ってるのも伏線ポイントすぎるんだよな……。物語としての「深み」がありすぎる。

 

話が右往左往するが、7日目小柳の「こいつすごすぎるだろ……」(当時小柳ほぼ初見の感想)ポイントも語っておくか?いやでもそれは感想文で既に語ってはいるんだよな……。とりあえず凄すぎる言葉達だけは書いとくか。

「覚悟決めなきゃいけないのかもな。ローレンさんとエクスさんがこのまま警察を追放されるってなった時、皆が頼れるのは俺しかいないのかもしれない」
「今頼れるのは俺しかいない、皆が。犯罪が耐えないこのにじサントスで、柱がいなくなった以上、やるしかないでしょ」
「一番不安なのは多分、俺以外のGTA初めて遊ぶ人達だと思うから。俺が辞めるのは違う、俺がそうなる(闇堕ちする)のは違う」
「大丈夫よ。安心して、大丈夫大丈夫。そんな心配しなくても大丈夫よ、ごめんね」
「多分リスナーもね、不安に思ってる人もいると思うんだけど、中には。第一回目のにじさんじGTAだし、ちゃんと終われるようにじゃないけど、マジで楽しみながら作っていくので、見守って頂ければと思います」

この辺は感想文で語りましたが……本当にすごいな……今改めて振り返っても……。覚悟の決め方からリスナーのケアまで、本当にすごい。警察に向けられるヘイトをすべて背負おうとしたのが本当にすごいなと感じてしまう。デビュー1年そこらの新人が、という点も含めて。

あとはまあ……これは台詞としてクソ好きというだけなんだけど、「マジで……クッソ……なんでだよ……」がかなり好きです。絶望と焦燥と後悔と悔恨をありありと感じる台詞すぎた。ただそれだけの感想。
7日目から8日目始まるまでの振り返りはこんなところかな。

 

さて、8日目だ。なんか見返してみると鯖入る前でさえ泣ける。コメ欄の「祈り」込みで泣ける。先にコメ欄について語るか。
「Aのコメ欄治安いいから」みたいな内輪ノリが本当に嫌いで、それを棚に上げて自分がダブスタすることに罪悪感があるんだけど、流石に偉かったからな……。そもそも俺は「内」にいるとは思ってないんだけど、そう思わない人もいるだろうし、念のため。嫌悪する気持ちより流石に良かったと言いたい気持ちが勝ってしまった。

8日目、善良な人達の祈りを感じるコメントにぐっときてしまう。この日始まるまで小柳の枠くそほど荒れるんだろうなと思ってたので……。全く荒れてなかったかと言われると荒れてる時もあったが、想定以下ではあったんだよな。当時めちゃくちゃ驚いていた記憶がある。皆すごい「小柳がんばれ」って言ってるな……すごいな……やっぱり2人に戻ってきてもらいたいと祈っている人が多いんだな……と感じていた。

というか見返してみると荒れというより「○○どうするの?」みたいな……なんだ?質問を装った指示、みたいなのが多かったな。二人に戻ってきてほしいがゆえに焦ってるんだろうな……と思いながら見てた。別に指示を擁護したいわけでもないが。まあそもそも指示厨というものに対してそこまで嫌悪がないので……。

あと、見返してる時「マジで草生やしてるコメント偉すぎるだろ」って気持ちになった。あの状況で、配信で起こっていることに対してちゃんと反応してちゃんと「草」(それに類するwwwがついた文章も含め)ってコメントできるの、本当にすごいなと思う。どうなんだろう、私の考えすぎなのかな。
特に状況を深刻に捉えず、単純に笑ってた人もたくさんいるだろうけど、それはそれで何も間違ってないのでいいとして。「今の状況をわかってるけど、配信の雰囲気を落とさないために芝つけてコメントしてた人」もいたんじゃないかな……と思っちゃうんだよな。

この辺ドーナツ事変見たからそう思ってるところがある。ドーナツ事変の時、あまりにもコメ欄に「偉さ」を感じていたので。流石にあれは「あ、ピリつきそうかも……」と察知している人達が、察知した上で「今ピリついてないですよ、これはいい時間だし大事な時間ですよ」を示すためにコメントしてたな……と感じている。
この辺は私が深読みしすぎてるだけの勘違いかもしれないんだけど。まあ、私の目にはそう見えていたというだけの話なので。実際ああいう話し合いはマジで大事だし、強くなる上で不可欠だし。それはそれとしてああいう話し合いを見るのが慣れてない人もいたと思うので……。いいコメ欄だったんだよ、ドーナツ事変……。スクリム3日目のミルファイトまわりで話し合いになった時に、どこからともなく『8GOWIN』のコメントが流れまくってたのも結構感動していたんだよな……。

8日目にタイムスリップしたとして、多分草生やす類のコメント絶対にできなかったと思うんだよな、私。今の状態であの日にタイムスリップしたら恐怖と緊張で震えながら見てるだけになってたと思う。まあ当時もそんな感じではあったけど。そもそも普段「うおおおおお」くらいしかコメントしないROM専だからというのもありますね……。

 

8日目、ログイン時に警察全員のFAがないの凝ってるよな……マジで……。鯖入って無線の挨拶がさあ……。皆が「いつも通り」をやろうとしてるけど、どことなく空元気さを感じてしまうの、本当に切ないんだよな……。
会議室で情報整理しよう!と無線で伝えてから、会議室にいる西園に小柳が「緊張しなくても大丈夫よ」って言ってるのもすごすぎる。ちゃんと西園の声が固い事に気づいている……ご明察、西園は鯖入る前から泣いていたため……。西園の背負いもえぐかったな……。
「咲さんおはよう」も好き。これは私が笹木と小柳のコンビをとても好きになってしまったからというだけの理由で記載しています。

りりむへのケーキは感想文で語ったのでいいでしょう。この時のりりむ枠、マジでしんどすぎて泣いてたな~俺……。りりむがしんどそうなのがしんどくて……。

「フリーカなんて全部無視でいい!」「こんなのうちらに大事な仕事じゃない」この辺の割り切りも好きだ。というか本当にこの日の笹木が俺の好きな笹木凝縮詰め合わせセットすぎて、小柳枠の感想書こうとしてるのに笹木が出てくるとこ全部触れてしまいそうだ……。

ここで笹木の説明聞いて素直に驚いているコメント見ると(視聴者ってどこまで把握した上でこれ見てるんだ……?)みたいなこと気になっちゃうんだよな。切り抜きやらツイートやらで何が起きたか状況把握した上で「知らない体」でコメントしてるのか、マジで情報入れずに見てるのかが気になってしまう。
俺がこういうの事前に何が起きてたのかアーカイブ見て把握するタイプで、リアタイ時はめちゃくちゃ複窓して各枠で何が起きてるのか同時に見て「あああ……」みたいなことやるタイプなのもあり。当時笹木枠でもりりむ枠でも思ってた。特にりりむ枠。

序盤のコウと遊園地で会話する辺りまでのりりむ枠、マジでしんどかったんだよな……りりむが何一つ悪くないのに二人がいなくなってしまって悲しんでいるという状況ゆえに、コメ欄で7日目警察の動きについてめちゃくちゃマジレスされてたので。やっぱり批判が「そりゃそう思うよな……」の時ほどしんどくなるんだよな……と感じた。
「結局俺達は、死ぬほど世話になったのにあの二人を信じきれなくて居場所をなくしちゃったから」
「りりむは、そんな署長を許したい」
りりむ;;;;この辺、りりむと警察メンバーの思考というか意思が噛み合ってない感じもまた辛いというか、りりむのコメ欄が激化してた要因のひとつでもあるんだよな……。警察メンバーは「まず26億をどうにかしないと二人を取り戻すとこまでいけない」って感じで段階的なんだけど、りりむはそんな金額割とどうでもよい(どうでもよくないけど、実際どうでもよくもある)という認識で、いの一番にロレエビのことを考えているので。

「俺が対応上手くできてればこんなことにはならなかったと思うんだけど……」これを新人が言ってる状況、えぐいんだよな……。「そんなことない!」に対して「皆がそう言ってくれるのもわかってるんだけど、もっと上手く対応はできたと思う」って返してるのすごすぎる。

会議終わった後に小柳と笹木で話してるところも好きだ。「ちょっとしたいたずらのはずだったんだよ」がすべてすぎる。ここの二人、自らの罪の意識が重めなとこもよかったんだよな……。そんなに自分を責めるなよと言いたいところではあるんだけど、まあ責めるよなあ……ってことをしてたな、とも思うので。そして神田は一人黙って闇堕ちまで考えこんでたという。神田ほんっとに、ほんとにさあ~~~!!!(謎ギレ)

「内情を知る人がいてほんとに助かった」
笹木と離れてからこれ言うの偉いんだよな……。あ、笹木にヘイト向かないようにコメ欄制御しようとしてくれてるな、と感じたので。深読みしすぎか?深読みだったらそれはそれで別にいいです。偉い言葉なことに変わりはないので。まあ別にそこまでヘイト向かなそうではあったけど。

「昨日の時点でな……ローレンさん俺に耳傾けてくれてたのにな。信じきれなかった、俺は」
「変わってたのかもしれない、あそこで。俺が二人の話聞いて逃亡してたら」
「やり直そう、今日、ちゃんと。取り戻そう、警察の日常を」

そこからのボブキャ、つれえ~~~~。「あの二人の背中でけえ……でかすぎる……」名台詞。警察全滅っぽいなの時のコメ欄、悲壮感がありありと滲み出ていて辛いよ~~~;;;だからこそ奏斗捕まえた報告を神田から聞いた時の喜びと感謝もすごい。
ぺしょぺしょのパタ笹、マジでぺしょぺしょなんだよ~~;;;ここ苦しいぜ……。「おい悔しいが!?」も悔しすぎますね……。

本署戻った時の西園からの白黒パーカーの三人組報告、物語性がすごい。石神に現状説明するときのくだりは感想文で書いた。「取返しつかなくなっちゃった」「おい取返しいくぞ!」

そこからキャバに事情聴取しにいくくだり、皆で行ったらぐだるかもってのがあり、小柳が笹木にどうするか相談しているのもよすぎる。この時点でかなり代理署長と代理副署長だったんだよ……。笹木が小柳のこと「ロウくん」て呼んでるのも、本当に本当にいい。この話、この四か月で10回くらいしている気がする。真面目な時はふざけられなくなる笹木咲、愛……。土下座のエモート確認とかのくだりもとても好き。

ホスキャバとの交渉まわり、ドーナツ事変の100倍はぴりついてた、個人的に。ドーナツ事変はマジで最高の時間でしかなかったので……。あの時間、私にとっては「小柳の初V最がこのメンバーで本当によかったな……」の時間でしかなかったからな……。突然ドーナツ事変語ってしまった。ドーナツ事変が本当に好きなんだわ……。というか自己肯定感の回答聞いたことにより、一層「ああ青エゴって最高だったんだあ……」ってなったんだよ。全員クソストイックだったから……。

話を戻す。交渉はねえ、きっとヘイト向けてるリスナーもいるよな~~;;みたいな思考で見てたからかなりひやひやしたんだよね。どういう着地点でいくんだ……?っていうのもあって。これは小柳と笹木の役割分担が見事にハマったな~と思いました。笹木が本当に偉い……。俺は笹木が好きや……。あの場でエンタメに温度感を戻しにいく手腕、惚れ惚れしちゃったな。笑いって緊張と緩和なんだ……。
まあこの辺は感想文でも書いたか。小柳がデビュー1年で大先輩の尊様相手にメインで交渉を行った事、当時本当に圧倒されていた。にじさんじ、ライバー間では別に気にしてる人そんないないと思ってるんだけど、オタク達が上下関係にうるさい印象があるので、余計に。

そこからのマナ様の「頑張ったね」については100万回語られているでしょう。こういうデカいコラボでの同期ならではの絡みっていいよね、と思いました。ロレパタしかり、笹りりしかり。

ホスキャバとの交渉まわり、キレてるコメントはまあいいとして。「www」でカムフラしてるだけで画面の向こうで怒ってるだろこれ……みたいなコメが散見されるのも味わい深い。ホスキャバ側の言い分について「それは無理だろw」みたいなやつね。まあでもカムフラしてるだけ偉いとも言える、か……?いや別に偉くはないな。

そしてちゃんと笑ってそうなコメントは純粋に偉い。本当に凄いなと思う。エンタメをエンタメとして見れてすごい……。あの日素で笑ったタイミング、私はあまりなかったので……あの日はかなりずっと泣いてた。泣きながら行く末を見守っていた。

で、次は石神との天空闘技場への移動か。台詞力の高さ的に状況説明時の会話の方がピックアップされがちな気がするんだけど、個人的には石神との会話だとこっちの方が好きなんだよな……。
「お前めっちゃ大変だっただろ!?」に対して「いや俺に落ち度がある」って返してた小柳がマジで好きだ。あ、これ石神ちゃんと状況把握した上で道化やってくれてるな……ってなるので好きなんだよな。
この後やってくる教授の車インパウンドするときの会話もそうなんだけど、「俺が悪い」という認識の小柳に対して「いやいや」って言ってくれてるのがマジでいいんだよな……。7日目不在だったからこそ言える「勘違いとかでしょ?」は強かった。そりゃ視聴者も「そうなんだよ~~;;;」ってなりますわ。実際7~8割くらい「流れ」だったからな……。
だというのにずっと「俺が悪い」という自省の姿勢を崩さない小柳もまた凄いというか……。いやそりゃこの場で「俺は悪くない」みたいな言葉を言えるはずがないとも思うんだけどね。だけど視聴者的には「別に小柳一人が悪かったわけじゃないし、強いて言うならあまりにも流れが悪かったがゆえの事故だよ」くらいに捉えてる人が多かったと思う、多分。だからこそ、自分が悪いという姿勢を崩さない小柳を見て苦しくなってしまった。
小柳ひとりが悪かったわけじゃないのに、新人なのに、どうしてこんなに何もかもを背負ってくれてるんだ……と当時感じていた。本当に圧倒されていた。あの日の小柳が背負っているものが、あまりにも大きすぎて。荷物の重さに一度も不満を漏らさず背負い切ろうとしていることに、本当に驚かされていた。新人でこんなに背負える人いたんだ……という驚きだった。

天空闘技場のくだり、まともにコメ欄見たの初めてかもしれん……鳩ワロタ。こういう時のコメ欄って結果的に鳩は少なくて、鳩にキレてるコメントの方が目に付くようになるんだわ。それらを無視して目の前で起きてることにコメントしている人達は本当に偉い……偉すぎる……。

闘技場、当時見てる時は(闘技場なんてやってる暇あるのか……?早く闘技場終わってくれ;;;ぐだらないでくれ;;;)と焦りながらも、まあロレエビもここにいるしええか……とチルしてもいた。そのため、あまり記憶がない。裏でコウが警察署にいたずらしてることに気づいて「コウお前ほんと余計なことすな!!!!!」ってキレてた記憶はある。
りりむから話を聞いた上で、ひすぴが泣いてるのを聞いた上でその突拍子もないいたずらができるの、普通に引いたからな。コウの悪いとこでてる……ってGTA期間何回思ったかわからん。空気読みに向いてなさすぎる。でも好き放題するのをエンタメとして楽しんでいる人もたくさんいたわけで……。俺はそういうコウをエンタメとして見れなかったので、序盤はイブラヒム枠を見ていたわけなんだが……。

闘技場の約1時間、コメ欄偉すぎるだろ……という気持ちになってしまう。まだロレエビに謝罪までいけてないのに「闘技場楽しもう」って小柳が言った通りにちゃんと楽しんでるの、偉すぎるだろ……。いやこれあれか?俺が複窓でロレエビが着々と大型の準備してるのを知ってたから焦ってたってだけなのか?いやでも闘技場終わった途端に「さて……」みたいなコメント結構あったから皆待ってたよな……?と思うんだが……。この日記、当時のリスナー心境考察日記になりつつあるな……。

ロレの正体バレ、当時「えっこのタイミングで!?ロレはロレで迂闊すぎないか!?」と思ったが、なんやかんやよかったのかもな……。ここで連絡先交換できなかったらそもそも連絡取れずに終わってた可能性もあるしな……というのもあり。笹木とパタちが連絡先交換のためにロレに話しかけてるときの声のシリアスさもまたすごいのよ……。そこからのりりむの「大好きだから!」に繋がるのもあり……。

闘技場の帰り道で小柳の車にたまたまりりむが乗るのも物語性高い……。「戻ってきてほしいけど……そこまで伝えれなかったな……」はりりむの優しさが溢れているんだよな……。

ふわっちとのチェイス、ふわっちがさらっと警察側のこと気にかけてるのマジで上手い……上手い……となってしまう。ふわっちの演者としての絶妙な軽さが凄いって話なんだよね……。このチェイス中に「警察大変なんじゃないのか!」って言ってきたふわっちに対して「今はわりかし肩の荷が下りてます、ただどうなるかわかんない!」って小柳が言ってたの、まあこの時点ではな……みたいな気持ちになりますね。
この後、新署長小柳ロウの前には、さらなる試練が立ちはだかるのであった――。ってナレーション入れてしまいたくなる、今見ると。

ふわっちロストしたときの無線報告でのパタちの声色が暗いことに気づいて気にかけてる小柳、なんかもう苦しいよ俺。絶対小柳が一番苦しいはずなのに、そんな状態で「初心者の人達」を気にかけてたのが本当に……本当に凄いと思うよ……。

ロレと電話して本署に来てもらう事になった連絡の無線聞いて笹木の尽力に感謝しているコメ欄、流石に気持ちよすぎるな。笹木……本当に最高だ……。

ロレエビが本署来た時の「いいんですか?俺ら、この立派な建物に踏み入っても」苦しい;;;あまりにも苦しすぎる。

「ロウくん、大丈夫かな……」って笹木が話しかけてくるの、よすぎる。笹木が小柳を頼っている姿、とてもよい。ここで小声でどういう流れで謝るのか相談してるの、本当にいい。

ここでロレエビへの謝罪。ここはなんていうか……互いに謝れてよかったな……って感じだ。ギャンが見たいリスナーなどのことも考えての大型対決という着地点。しかし警察にとってはかなりキツい勝負でもあった。本当にオイルリグがね~~……警察が捕まえるの割と無理ゲーだからね……。

駐車場出てからロレと小柳が二人で話してるところも好きです。すべてへの気遣いがあった、互いに。

「取り戻すぞ、俺らの光を」

再起動してる間のひとり言も、GTA2での記憶も踏まえてどの大型でくるのか予想してるんだろうなと感じる。「ユニオンだったらキツいな」って言ってるの、伏線だなあ……。

その後、この日2回目のボブキャ。ミランがヘリに乗ってくるやつ。これ笑えるリスナー本当に凄いな……と思う。私だったら直視できてない、多分。本当にそれどころじゃなさすぎたので。この辺は当時ロレ枠の方を見ていた。どの大型やるつもりでいるんだろうというのが気になってたので。ちまブラ合流ターンでもあったし。

ボブキャに閉じ込められた時誰か来れない?って無線で聞いたらソフィアがちゃんと来てくれてたの、ソフィア……仕事ができる……ってなる。ソフィア、本当に要所要所で活躍している……。

本署戻った時、マジラボから寿司買って、警察の皆に宣伝してね(意訳)って言われてちゃんとその後無線で宣伝してるの、ちゃんとしすぎてて驚く。この状況でそんな些細な対応まで丁寧にこなすんか……という驚き。

そしてネスくんイン。この時のコメ欄の喜び方えぐい。ちゃんと電話で状況確認までしてるネスくん、あまりにも偉すぎる。「ありがとうございますロウさん」に対して「いやいや俺なんもしてないから」って返してる小柳は、何?いや多分条件反射的な謙遜だとは思うんですが……。なんもしてないは嘘だろ!!ってなるだろ……。

そこからの教授のインバウンド依頼。これもまたよかったな……。車の場所に向かってる時にソフィからの無線での質問に答えてるのもえぐい。なにもかもを一人でやっている……えぐすぎる……。状況をちゃんと把握している教授との会話、本当にいいんだよな……ロレの同期でもあるがゆえに、ロレの性格への理解もあるのがよくて……。

「羽目を外そうとちょっとなって、やっぱその場のノリでね、結構盛り上がっちゃうタイプだと思いますから」
「ロウくんはロウくんなりに頑張ったじゃないですか」
「聞きましたよ、署長のこと。本当はあれだったんでしょ、ちゃんと信じたんでしょ?」
「ノリは大事ですから」

双方への理解があるからこそのあたたかみのある励ましと受容の言葉が本当にいい。優しさに溢れている。
その後すぐにロレからオイルリグの予告電話がくるのも物語性がありすぎる。怒涛すぎる。

ここから小柳のソロ作戦立案タイムなわけだが……「ハユンいるかな」が嬉しいな……。このソロ作戦考えタイムのコメ欄、きっと祈りがこもりまくっていたのだろうと感じられる『がんばれ』が多くて泣けるんだよな……。あの時画面の向こうで同じように祈っていた人がいるんだろうなと思える痕跡なので……。

オイルリグの配置を無線で伝えてる時にコウが書いたカス記事が上がるわけなんだけど、あまりの空気の読めなさにマジでひやひやしたぜ。小柳が記事読む暇さえなかったので助かりました……。本当にコウがすみません、俺が代わりに腹を切ることで詫びさせてください(ママヅラ!?)って感じだ。
こういうの、軍団特有の「コウに強く当たれる俺達!」感が出てしまって本当に恥ずかしいんだけど、まあそれらを差し置いてもあのタイミングで事実無根の捏造記事ぶちあげるのはカスだったと思うからな……。

この辺、みんな集めて説明したらとか、下見で予習した方がいいんじゃとか、船なしはキツいとか、色々なコメントがあったんだな。そしてそういう指示コメより指示コメやめろ自治厨も出てくるの、GTAですね。こういうとこ日本人の真面目なとこ出てるなあ(褒めてないです)と思ってしまうんだけど、日本人でくくるの主語デカいんだろうか。

ハユンとの作戦会議も大好き。そこからのりりむの「力になるから、絶対」も好き。果たしてりりむは力になれんのか……??ということはさておき。台詞がいいのでね。それになんやかや最後は力そのものになりましたからね。
パタちの「ロウくんありがとね全部考えてくれて」、泣ける。

この日記、8日目見返したらこういうことを思いました日記のつもりで書き始めたんだけど、結果的に好きポイント箇条書きになってるな……。

オイルリグなあ……オイルリグ……。これ感想文でも書いた気がするけどDROPS側でなんかトロ握らないと無理だよなと思ってたので、この切実な応援に満ちたコメ欄、辛くなってしまう。逃げ切りだ……ってのを察し始めたとこからのコメ欄込みで苦しいぜ。
「署に戻るは間違いない?」「うん、一旦署に戻っていいよ」からのマナ様の「了解、ありがとう」、よすぎる。

ここからハユン達をピックしにいってアーティファクト始まった流れ、すごいな……。忙しすぎる……。仮に指示役がもう1人(たとえばこの日不在の獅子堂とか)いたとしても、すべての指示を完璧にしたとしても、結局その指示を聞いた初心者勢が動けるかは別の話だと思うので辛い戦いでしたね……。多分動けないと思うんだよな、「橋上取り返そう」って言われても、(橋上?)ってなるだろうし、「取り返す」も簡単にできるわけじゃないし。難しかったと思う。

アーティファクト対応、GTA2見たことにより「VCRGTA2ではあんな警察強くてアーティの攻略手こずったのにな……」みたいな気持ちにもなりますね。これ日本語的ににじポリスが弱いみたいな書き方になってますが……そういうことではなく……。というかVCRはストグラ勢もいてギャングも相応の強さだったので……。
揚げ足取られるの嫌すぎて説明長くなるくらいなら書かなきゃいいんだろうけど、せっかくだからGTA2を見た感想踏まえて書きたいからさあ……。

というかアーティファクト終わった時点で鯖閉じまで残り1時間半しかないの、絶望すぎるな。DROPS、よくここから軍事物資やってユニオン準備したな……。牢屋対応など、ハユンとネスくん本当にありがとう。大感謝。

アーティファクト終わった後、記者からの電話へかけ直し。ここのひすぴ電話→エクスへの電話→軍事物資、マジで結末直前の最大絶望落下点だ。すべてが大団円で終わったからこそ言えることだけど、この辺であまりにも小柳への負荷がかかりすぎてたからこそ、視聴者が小柳に同情したし、弱音や愚痴めいたことを一切吐かない姿勢に胸を打たれたんだろうなあ、とも思う。

「初めてのところで4人はすごいよ普通に。みんなマジで成長してる」これこの状況で言えるの偉すぎる。コメ欄が絶望してるタイミングだったので、コメ欄の流れ変えようとしてんの偉いな……と思った。

で、軍事物資ロスト。その後ヘリの回収のために飛行場に行く、戻ってくる、ミランからの電話対応する、笹木からのリベンジいきましょう無線くる。怒涛。この時点で残り1時間。やばすぎるね……。

「大丈夫っすか咲さん」「なにがよ?」「疲れてない?大丈夫?」「大丈夫!がんばろう」

この先は割と感想文で書いたかな……多分……。ちょっと日記書くの疲れてきてしまいましたね。書き始めたときの勢いが衰えてきた。

どの大型くるかな?って皆で作戦会議してるとき、「ユニオンだったら嫌だな……」とか、まあユニオン関連のコメントがあり、それに対して「鳩やめろ」って飛んでたけど。こういうのって鳩やめろの方が鳩になってるよな……と思う。この状況でユニオンへの言及が全くないコメ欄、それはそれで全員2窓してるだろ、と思ってしまうだろうから……。まあ実際半分くらいは気づいてない風の鳩だったんだろうとも思うんだけどね。

ストーリーゲー配信の「AがBかもな」みたいな今後の展開を予想してるだけのコメントに対しての「ネタバレやめろ」コメによって「あ、それで合ってるんだ……」になる現象に近いなあと思ってる。単純に展開予想しただけなのに……っていうね。そういうコメントまで規制し始めたらいよいよ配信おもんなくなるんだよな。

それでロレから笹木に電話がかかってきて、「皆これユニオンだわ」って無線が入った時のコメ欄の絶望、改めてえぐいな~~。「終わった……」コメ、あまりにも悲壮感に溢れすぎてる。そうなんだよな、ユニオンはきついのよこの警察メンツだと……ってなる。いやDROPS側も一番負けの可能性が高い大型ではあったんだけど。本当にぎりぎりの戦いだったな……。

そこから四つ又組の下見。飛行場起こってるの気づいてるのおそらく小柳とハユンだけなのが本当に大変さが出てるんだよな……。

「ソフィアさん大丈夫?緊張してない?」「何もわかってないよ……?」
こんなこと言っとりますがソフィは1キルしてるので偉すぎます。

「成長するねえ皆。どんどん強くなるぞ」
コメ欄が「警察のバランスが……」みたいになってたこのタイミングでこれ言えるの偉すぎる。こういう義務をちゃんと言えるのほんと凄いなと思う。成長しているのは事実ではあったし。

石神、食料買ってきてくれてありがとうな。ここから先は感想文で大体書いたので特に書くことがない。どうしよう、本当に書くことがない。フリーカ通知→オイルリグ通知→ユニオン通知。

大穴上から射線通してる時の「俺が死んじゃいけない」切実すぎる。えぺよりばろよりOWより死が重いゲーム、それがGTA5……。

ユニオンの大穴からヘリ入れたの、GTA2で下見してるときに「大穴からのヘリ脱出は無理だな」って話してたのも踏まえるとマジでやってること凄すぎたな……。俺が切り抜き師だったら絶対GTA2の回想入れてるな……と思ったもん。なんで豆ヘリでもないヘリで入れるんだ、上手すぎるだろ。

四つ又から移動してきたロレの獅子奮迅の猛追、恐ろしすぎますね。小柳ダウンした時の絶望えぐかったな当時……。でもここで笹木りりむ神田西園っていう先輩陣(西園が警察内だと先輩側なのマジでビビる)が踏ん張ったの、よかったな……。

消え入るような「がんばれ」、そしてそこからのりりむの勝利、本当によかった。警察側がりりむ一人まで削れてたことさえもドラマだったな。ぎりぎりの戦いの上で掴んだ奇跡に感謝。

 

このくらいかな。8日目久しぶりに見たら手が震えたぜみたいなこと書くだけのつもりだったのに、存外たくさん書いてしまった。小柳単体の感想文も書けたらいいな~やる気が出れば、とか思ってたので書けてよかったです。

8日目を経験できたの、貴重な体験だったな……奇跡に溢れたあの時間が、本当にかけがえのない宝物になった。余談ですが、「今後どんな大会があっても8日目以上に緊張することないだろうから見るの楽でいいな」とか7月の時点では思ってたんだけど、全然V最もEXバロも「祈り」すぎてしまってたし、スクリム毎日クソ緊張してたので俺は弱い。なんか緊張の種類が違い過ぎました。

Vって虚構の存在だし、にじサントスも虚構の街ではあるんだけど、あの時あの場所にはたしかに人の生活があったし、たくさんの強い思いがあった。それがすごくよかった。署長と副署長に戻ってきてもらいたいと強く願って奔走した警察署員達の時間は本当に“あった”と思えた。その思い出を大切にしていきたいな……と思っています。
美しい物語をありがとう。たくさん頑張ってくれてありがとう。にじサントスに光を取り戻してくれてありがとう、ヒーロー。